STORY OF VOLCA

雪深い山あいに、湯けむりが立ちのぼる町。
宮城県・鳴子は、千年を超えて湧き続けてきた温泉地です。

厳しい冬と豊かな山林、火山の熱、そして清らかな水。言い伝えによれば、鳴子の温泉は、動物や人々が湯に浸かり、休息をとりながら、大地の癒しを受け取る場所でもありました。領主であった伊達政宗とその一族も、この地をたびたび訪れていたといわれています。

火山に囲まれ、ミネラル豊富な温泉水に恵まれた鳴子は、伊達家の軍馬を育てるのに適した土地でもありました。やがてこの地は、日本でも有数の馬の産地として知られるようになります。

遊佐家は代々、海外から導入した血統をもとに馬を育て、皇室に献上されるほどの名馬を送り出してきました。その中の一頭が、「玉鳴号」という名の馬でした。この馬は大正天皇に献上され、その功績により、遊佐家には土地が与えられました。

それからおよそ70年後の1991年。
その土地で行われたボーリング工事の中で、ひとつの温泉が湧き出します。それは、鳴子の中でもほかとは異なる特別な水でした。周囲の温泉が硫黄やミネラルを多く含んでいるのに対し、この水は飲用に適したバランスを持っていました。

実際、この水 はそのまま口にできるほどの純度が高く、遊佐家では日常的に飲用され、家族やペットの猫、植物など、身の回りのさまざまな存在とともに、その性質を見つめてきました。

やがて源泉のそばには水を分けるためのスタンドが設けられ、近隣の人々や知人へと届けられるようになります。その評判は広がり、遠方からこの水を求めて訪れる人も現れるようになりました。そして遊佐家はこの水に、土地に多くの恵みをもたらした馬の名にちなんで「玉鳴号」と名付けました。

立地の厳しさや工場建設の困難がある中でも、遊佐さんはボトリングの環境を整え、この水を必要とする人へ届ける取り組みを続けてきました。

そして、それからおよそ30年後の2024年。
デービッド・ホルトンは偶然遊佐家と出会い、この源泉を引き継ぐことになります。玉鳴号に対する彼らの情熱と愛情に強く共鳴した私たちは、かつての名馬がそうであったように、この水を再び力強く流れさせたいと願っています。それはまた、遊佐さんの願いでもあります。

私たちはこの伝統を、次の世代へとつないでいきます。
この水の価値を、できるだけそのままのかたちで届けること。
そして、鳴子という土地に新たな息吹をもたらすこと。

玉鳴号という名に宿る時間と記憶は、いま、「VOLCA」という新たなかたちへと受け継がれています。

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